「考え直せばよい」 07.04.01
マタイ21:28〜32
主イエスは、ぶどう園の経営者の二人の息子の話をされました。
父親から、ぶどう園に行って働くように言われた時、兄は
「いやです」と答えましたが、その後に考え直してぶどう園で働いた。
弟は「承知しました」と答えましたが、実際には行かなかった。
兄は、父親の望み通りにしたという話しです。
この話の中心は、「考え直す」ということです。
主イエスは「ヨハネが示した義の道」のことをおっしゃいます。
それは、洗礼者ヨハネが人々に語っていた道でした。自分の罪を
認め、悔い改めて、神さまの所に立ち返ることです。周囲から罪人と
見なされていた人たちは、悔い改めて、神さまのもとに立ち返り、
赦しを求めるところに、義とされて救われる道があることを信じました。
そして悔い改めました。
しかし、この時、主イエスから話を聞いている祭司長たちは、
悔い改めを信じていませんでした。彼らは、自分の罪を認めることが
できないでいたからです。
後で考え直すこと、それは祭司長たちに対する、悔い改めへの
呼びかけです。
「いやです」といった兄は、後で考え直して方向転換をしました。
そして父の喜びとなりました。主イエスは、今までの行き方を考え直す
ように呼びかけておられます。
「この話の兄のように、自分の求めや願いに顔を向ける生き方から、
神さまの求めや願いに顔を向ける生き方に方向転換をしなくていいのか。
そこにこそ、本当の自分らしく、神の民らしく生きる場所があるのだよ。」
主イエスは、祭司長たちを、兄のように後で考え直すべき者として見て
おられます。神さまに背くことの多い私たちのことも、同じように見て
おられるでしょう。
神さまに「いやです」と言いながら、歩むことが多いのです。
そんな者に、主イエスは「考え直したら良い。一回背いたからもう
ダメだなんて思わなくとも良い。神さまの所に立ち返ったらよい。
今からでも、遅くないから。わたしが十字架にかかって、立ち返る
ための道を開くから。」と呼びかけておられます。